きょうの暗号資産市場は、チャートだけで動いている感じがしない。むしろ動かしているのは“正統性”だ。熱狂ではなく、規約と監査、準備資産の内訳、そして名の知れたブランドが積み上げる、あの静かな信頼。暗号資産の世界では「速さ」や「話題性」が値動きの主因になりがちだが、きょうは違う。市場が反応しているのは、誰がドル連動トークンに自分の看板を掲げるのか、そしてなぜ今なのか、という点だ。
今回の主役は価格そのものではない。フィデリティが初のステーブルコイン「Fidelity Digital Dollar(FIDD)」を、イーサリアム上で発行しようとしている――この一手が、いまの相場の“空気”を変えた。
私は二十年以上、金融市場の「配管(インフラ)」がどう変わるかを見てきた。大手が「投資機会を提供する側」から「商品を発行する側」へ踏み出す瞬間は、たいてい後から振り返ると、レールが引き直される合図になっている。
舞台づくり
ステーブルコインは、いまや暗号資産の“運転資金”だ。決済、担保、オンチェーン流動性――どれをとっても、土台に近いところで使われている。だが同時に、この分野には傷跡もある。「ステーブル」という言葉が設計ではなくマーケティングだったとき、市場がどう崩れるかを、私たちは痛いほど学んだ。
だからこそ、過去1年ほどの政策の動きが重要になる。**GENIUS Act(GENIUS法)**が2025年7月18日に成立し、支払目的のステーブルコインに関して、準備資産や枠組みの整備が進んだ。 そして条文には、保有そのものに対する利息・利回り(interest / yield)の支払い禁止が明記されている。
この「利回りの扱い」は、政治も業界も揉めやすい論点で、今後のプロダクト設計に直接効いてくる。
何が起きたのか
きょう、二つの流れが同時に締まった。
1)フィデリティが“発行体”として前面に出てきた。
フィデリティの発表によれば、FIDDはイーサリアム上で発行され、裏付けは現金・現金同等物・短期米国債。数週間以内に、リテールと機関投資家の双方に提供される予定だという。
ステーブルコインは結局、信頼のゲームだ。ここでフィデリティが“自社の名で約束する”ことの意味は大きい。
2)米国の「市場構造」議論が、法案として前進した(ただし火種つきで)。
Reutersによれば、2026年1月29日、上院農業委員会で暗号資産の規制枠組みに関する法案が前進し、現物(スポット)暗号資産市場に対するCFTCの監督が議題として具体化した。ただし採決は党派ラインで、成立までの道のりは平坦ではない。
結局この世界は、技術と金融だけでは完結しない。政治の速度が、流動性の形を決める。
行間を読む
私の見立てはこうだ。フィデリティは、ステーブルコインが流行だから作るのではない。ステーブルコインが「決済・清算の技術」として避けて通れない段階に入ったから作る。そして、法制度の外形が整い始めたことで、ようやく大手が“看板リスク”を取りにいける環境になった。
一方で、市場が見落としがちなポイントもある。GENIUS法が利息支払いを禁じるなら、利回りを求める需要は「トークン本体」ではなく、ラッパー商品や取引所のリワード設計、DeFi上の運用構造に回り込む可能性が高い。条文上の禁止が、むしろ“設計競争”を別の場所に移すわけだ。
そしてイーサリアム採用は、技術選択というより流動性選択だ。オンチェーン決済・担保管理・トレジャリー運用までを視野に入れるなら、既存のエコシステムとの接続性がものを言う。フィデリティがそこを選んだのは、私は自然だと思う。
トレード上の示唆
- 「ステーブルコインのニュース=価格材料」と決めつけない。 信頼性の高い発行体が増えると、まず再評価されるのは“尾っぽのリスク(テールリスク)”だ。結果として、オンチェーンの資金滞留が増え、別のハイベータ銘柄にボラティリティが移ることもある。
- 争点は“利回り”に移っている。 トークンに利息が付けられないなら、利回りは周辺サービスに内蔵される。規制の一文が変わるだけで、DeFi、取引所、報酬系トークンの評価が揺れる可能性がある。
- 市場構造法案の進展は、スプレッドと参加者層を変えうる。 ルールの輪郭が見えるほど、機関投資家は動きやすくなる。これは価格の短期材料というより、板の質(マーケットの厚み)の話だ。
- 「きれいな担保」の価値が上がる局面があり得る。 FIDDが広く移転可能で、準備資産が明確であるほど、リスクオフ局面で“オンチェーンの現金代替”として扱われる余地が出てくる。
これから先
私の基本シナリオは、2026年が「ステーブルコインが暗号資産の話題」から「決済・清算インフラの話題」へ本格的に移る年になる、というものだ。法案は党派対立を抱えつつも前へ進んでいるし、利回りを巡る摩擦が表に出ていること自体、制度設計が“現実の利害”に踏み込んだ証拠でもある。
驚きがあるとすれば、それは“スピード”だ。大手の新しい規制準拠型ステーブルコインが、プラットフォームや取引所に素早く広がれば、オンチェーン流動性は厚くなり、スプレッドは縮み、競争軸は「誰が一番声が大きいか」から「誰が一番使われるか」に移る。
きょうのメモを一行で残すなら、こうだ。
機関が「商品を発行する」側に回ったとき、ゲームは投機からインフラへ移る。
