今週のエネルギー市場は、まさに「ヘッドライン一発」で地政学プレミアムが乗ったり剥がれたりする展開が続いている。きょうの値動きは“剥がれる”側だった。米国とイランの協議がオマーンで進められる見通しが確認され、原油は反落。一方で、金利、米ドル、安全資産需要といったクロスアセットのシグナルは落ち着くどころか、むしろ不安定さを残している。

事前整理:2つの現実のせめぎ合い

2月上旬にかけて、原油は相反する2つの材料を同時に織り込もうとしている。

第一に、供給リスクへの反射神経は依然として生きている。
イランは無視できない産油国であり、世界の石油輸送の大動脈であるホルムズ海峡は、外交上の言い回しが「実際の供給途絶リスク」へと一気に変換され得る“チョークポイント(要衝)”だ。報道では、世界の石油消費のおよそ5分の1がこの回廊を通過するとされる。

第二に、ファンダメンタルズが「深刻な不足」を叫んでいるわけではない。
OPECプラスは「まず安定」を強調し、慎重姿勢を再確認している。状況次第では日量165万バレルを(部分的または全面的に)戻せる余地を示しつつ、調整を停止・反転できる柔軟性も保持する構えだ。

私は20年以上、商品フローと政策主導の価格サイクルを追ってきたが、同じ教訓が繰り返される。
地政学リスクプレミアムは“遅れて買うほど高くつき”、ヘッドラインの潮目が変わると“最も簡単に売られる”。
きょうはその典型例だった。

何が起きたのか

米国とイランの当局者が金曜日にオマーンで協議を行うことで合意したと確認され、近い将来の軍事的エスカレーション(中東供給を揺らしかねない)への恐怖がいったん冷却された。ブレントは約1.4%安の68.47ドル、WTIも約1.4%安の64.23ドル(アジア時間早朝)となった。

この値動きは、直前の流れを見れば整合的だ。前日のセッションでは「協議が決裂するかもしれない」という観測で原油が約3%上昇し、その後、会合が“カレンダーに戻った”ことで上昇分が巻き戻された。

もっとも、市場はなお矛盾する入力を同時に処理している。

  • 協議は「ホット・コンフリクト(熱い衝突)」の確率を下げるかもしれないが、議題が何なのか(核問題なのか、ミサイルや地域活動なのか)は不透明なまま。
  • 米国の在庫統計は別の支えとなった。EIAは、1月30日終了週で原油と留出油在庫が減少し、ガソリン在庫が増加したと報告。冬の嵐が広範囲に影響した。

こうした局面で市場がよくやる手順は明確だ。
まずイベント要因でリスクプレミアムを圧縮し、その後にファンダメンタルズを再点検する。 きょうの動きはそれだった。

行間を読む:市場は「危険」を選別して値付けする

見落とされがちなのは、市場が危険を“均等”には価格にしない点だ。会合が設定されたからといって、テールリスクが消えるわけではない。とりわけ、政治的には強硬姿勢が報われやすい。米国のドナルド・トランプ大統領が軍事行動を選択する余地が残るとの懸念が指摘され、そうなればイランの生産、さらにはホルムズ海峡に依存する湾岸産油国の輸出にも波及し得る。

ただ、トレーダーに必要なのは「確実性」ではなく取引可能な確率だ。近い供給混乱が「今週あり得る」から「もっと先かもしれない」へ傾くだけで、プレミアムは素早く剥がれる。きょうの下落は「供給観の抜本的な変化」というより、ボラティリティの巻き戻しに近い。

同時に注視しているのがクロスアセットだ。エネルギーは真空中では取引されない。

  • 貴金属では、地政学・景気不安のなかで金が反発し、弱めの労働指標や利下げ観測の再燃に支えられた。「実質金利低下+不確実性」という典型的な燃料である。
  • 市場が緩和方向に寄り始めると、論点は「米ドルの強さ」と「成長感応度」の綱引きに移る。ドル安は原油に追い風になり得る一方、成長不安は需要面から重しになり得る。次のマクロ指標が重要になる局面だ。

要するに、きょうの原油安は「オマーン」だけの話ではない。
地政学から金利まで、リスクの階層(リスクスタック)全体を市場がどう再評価しているかが背景にある。

取引の示唆(助言ではなく、私のチェック項目)

  • 「リスクプレミアム」を別の楽器として扱う
    ヘッドラインで動く日は、スポット以上に期近カーブの反応を見る。期近が緩み、先限が粘るなら、それは深い需給崩れというより“プレミアム圧縮”であることが多い。
  • 会合そのものより「チョークポイント物語」を追う
    ホルムズ海峡リスクは増幅装置だ。金曜日に協議が開かれても、構造的に重要な回廊である以上、誤算の可能性は価格に残り続ける。
  • OPECプラスの政策レイヤーを軽視しない
    必要なら停止し、柔軟性を保ち、状況次第で段階的に供給を戻す――この姿勢は、需要トーン次第で上昇を抑えたり下落を緩衝したりする。
  • クロスアセットのサインが普段より大きい
    金の反発が主要な抵抗帯付近で起きるなら、原油のプレミアムが一日剥げても、リスク回避が完全に消えたとは限らない。

今後の焦点:オマーン協議と、その先のカレンダー

目先の焦点は金曜日のオマーン協議だ。私はシナリオで整理している。

  • 建設的なムード/議題の明確化:プレミアムはじわりと縮小し、原油は再び「マクロ需要資産」として、指標と米ドルに敏感に反応しやすい。
  • 議題対立/敵対的な演出:プレミアムは素早く再点火し得る。市場がすでに“ヘッドライン往復ビンタ”に条件付けられているためだ。
  • 進展は薄いが決裂もない:市場の関心は在庫、OPECプラスの政策シグナル、そして広い意味での「エネルギー市場の調整局面」へ戻る。

さらに、その背後に控えるのが日程だ。OPECプラスは2026年3月1日に再度会合を開き、状況を点検するとしている。この日付は重要だ。「安定重視」というレトリックが、需要の上振れ・下振れ次第で実際の供給判断に変わり得るタイミングだからである。

きょう市場が改めて示したのはシンプルな事実だ。
原油はファンダメンタルズで上がるより、恐怖で上がる方が速い。 そして、根本リスクが消えていなくても、“安堵”だけで下がることがある。